自分のことなのに他人事のように感じてしまう。フェルトセンスの欠落と幼少期の恥の植え付けについて

更新日:2021年7月17日

「HEALING THE SHAME THAT BINDS YOU / JOHN BRADSHAW」を読んでいて、ものすごくあああ!!!と腑におちた、「有毒な恥」がフェルトセンス(自分の感覚)に大きく関わってくるという説明があったので、それについて少しまとめたいと思います。




フェルトセンスって何?

直訳すると「感じた感覚」、心理学用語の解説では、漠然と身体で感じる言葉になる前の意味のある感覚のことを指します。

例えば何だか嫌な予感がするな・・・って時に胸の辺りがざわざわする。これもフェルトセンスですし、精神的にしんどいなーってときになんだかのどにつっかえるような感じがするな・・・ってのもフェルトセンスです。


このように、人間には思考として頭の中で感情や考えを言語化する前に、身体の中で感覚として感情をとらえているのです。


「有毒な恥」って何のこと?

「恥」という言葉は色々な側面を持っていて、そもそもの人は恥から逃げることはできないのです。完璧な人間なんていないし、恥と共存して、うまく折り合いをつけながら生きていくのが一般的で成熟した大人の考え方です。

しかし一方で、ACや依存症を抱える人に多いのが、「完璧主義」「白黒思想」「過度に期待に応えてしまう」など、ミスをせずに完璧でなければならない、ミスをしてしまうなんて自分は何てダメな奴なんだ、だから認められるためにはもっともっと頑張らないといけないんだと、完璧ではない自分に対して極度に恥を感じてしまう人たちです。

完璧を目指すことや期待に応えようと努力することは悪いことではありません。問題は、完璧でなければ、期待にこたえなければ、ミスをすれば、私は許されないと強く信じてしまっていることなのです。これこそが「有毒な恥」に冒されている状態なのです。


有毒な恥の鍵は、幼少期のトラウマにある

ではこうした有毒な恥は、なぜ人の心に棲みついてしまうのでしょうか。そのメカニズムを説明したいと思います。


有毒な恥が植え付けられるのは、幼少期です。一般的に、1歳頃から自分と他人は異なる存在だと気付くようになり、2歳頃からは自分と他人はそれぞれ独立した内面を持っていることに気付き始めます。 こうした発達の最中は、自分と他人の境界線が非常に曖昧です。そして、まだ自分を守る術を知りません。だからこそ、こうした幼少期は親や保護者の存在に守られていることによって、安心して心身を発達させていくことができるのです。


しかし、こうした時期に守ってくれるはずの親や保護者から、

「どうして間違えるの!悪い子だね!」

「そんなことする子はうちにはいらない!」

「お母さんを困らせせるようなことばっかりするのは悪い子だよ!」

「お前は本当に悪い子だ」といったような、親からすれば躾のつもりで発した言葉たちが、自分の心を守る術もなく、親を疑うことも知らない幼少期の子供にざくざくと刺さっていきます。

すると、子供は自然と

「自分は悪い人間なんだ」

「悪い人間はうちにいちゃいないんだ」

「お母さんを困らせないようにしなきゃ許されないんだ」

「間違えるのは悪い子なんだ」と、自己認識に有毒な恥がすり込まれていくのです。


一度すり込まれた有毒な恥は、日常の些細なことで心を蝕んでいきます。ちょっとしたミスで自分をだめなやつだと責めたり良い子でいないとこの家から追い出されてしまうと必死の努力をすることもあります。逆に、どうせ私は悪い人間なんだから何をしても無駄だと考えてしまうこともあります。


有毒な恥が、自分の感覚や感情を「切り離す」=フェルトセンスの欠落

常に有毒な恥によって心が蝕まれている状態で発達していくと、本来守られるべきだった幼少期の自分は、恥の植え付けによって無防備に弱さを晒している状態のまま、成長できないままで取り残されてしまいます。そこで「この無防備な弱い自分を守らなければいけない」と、自分が身体から飛び出して、外側に偽物の自分を作り出して、自分を常に対峙するようになってきます。自分の意識は外側にあるけれど、身体では成長の過程で色々な経験を積み重ねて行きます。しかし、身体の中には抑圧された幼い自分が閉じ込められていて、意識は自分の外側に存在しています。


この状態で何を経験しても、実際に感じるのは「空虚感や虚無感」です。理由は単純で、自分の意識は外側にあって、自分の身体が経験していることを外側から眺めているだけで、実際に自分の意識が体験しているわけではないからです。

簡単に言えば、自分の身体がやっているお芝居を客席から眺めている状態なのです。こうなってしまうと、自分の身体で見た物や聞いたこと、感じたもの全てが本当に自分の経験なのかも疑うようになってしまいます。


結果として、先ほど説明したフェルトセンス(言葉にできない感情や感覚)を感じることが出来なくなり、有毒な恥によってフェルトセンスが欠落してしまうのです。意識が外にある状態で感じられる物は、漠然とした空虚感や虚無感だけです。


ここまで読んで自分の中でまとめて、まずは自分の意識が外に飛び出てしまっていることを自覚して、自分の五感で感じることを、ちゃんと自分の体験だと信じてうけいれることから始めていかなければならないのだろうな・・・と感じているところです。


すごくわかりにくいかつ、最後は私の考察というか感想になってしまいましたが、幼少期のトラウマによって自分の感覚が抜け落ちてしまうプロセスを解説してみました。参考になれば幸いです。


(noteより転載し、一部加筆修正しています。)


参考文献 HEALING THE SHAME THAT BINDS YOU by JOHN BRADSHAW


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